STUDY
行政でも民間でもない、「自治」という選択肢。モントリオールのリノベビル「Batiment 7」から、市民自治を学ぶ
2020.06.22
「北米のパリ」とも称される、カナダ第2の都市、モントリオール。「Batiment 7」は、かつての工業用ビルをリノベーションした、市民のための新しい複合文化施設です。イベントやワークショップが定期的に開催されるほか、オーガニックスーパーや、気軽に立ち寄れるバーも併設されています。
北米でもっとも長い歴史をもつ都市のひとつ、モントリオールには、歴史的建造物のリノベーション事例は、数多く存在します。そのなかでも、ここ「Batiment 7」が面白いのは、このビルが、市民の手で自主運営をされているということ。行政の補助金にも、民間のスポンサーにも頼らない、市民の誇りと知恵が詰まった場所です。
赤煉瓦が印象的な外観
かつては活気のあった工業地帯
煉瓦造りが印象的な「Batiment 7」が佇むのは、モントリオール の中心街から少し離れた、Pointe-Saint-Charlesという地域。1860年以降、アイルランド系移民とフランス系カナダ人労働者が数多く移り住み、工業地帯として発展した場所です。
脱工業化により、1960年以降は徐々に後退化が進みましたが、比較的安価な地価が影響してか、近年では新しい住宅ユニットやマンションが立ち始めるなど、新しい開発が進んでいます。かつての工業用ビルをリノベーションする事例も増えており、「Bâtiment 7」も、そんな新しいリノベーション事例のひとつです。
シェアオフィス、コワーキングスペースとして使われる2階の風景
「Building 7」はかつて、カナダ国立鉄道会社によって所有されていましたが、2005年、国から民間のディベロッパーに売却されました。この売却は、モンレアル賭博場の移転に伴うもので、ここから、地域コミュニティの大規模な反対運動が始まりました。有志の市民団体が市と交渉し、この土地を自治運営することを主張したのです。長年の闘争の末、この敷地を地域コミュニティに還元することが決定されたのは、12年後の2017年のこと。現在では、誰でも出入りできるオープンなパブリックスペースとして、地域住民の手で自主運営されています。
「Bâtiment 7」のゴールは、この地域に足りていない基本的なサービスの穴を埋めること。例えば、シェアオフィスやプロジェクトスペース、コミュニティに開かれたワークショップ・イベントスペースなど、交流やコラボレーションが生まれるための場を有志で運営しています。非営利のスーパー「Le Détour」もボランティアにより運営され、食料品・日用品店などがモントリオールの他の地域に比べて少なく、「食の砂漠」とも呼ばれるこのエリアに、安全で安価な食品を届けられるようになっています。
「Bâtiment 7」の考える市民自治とは
「Bâtiment 7」の所有権を求めて10年以上戦った市民運動のノウハウを活かし、日々の運営は全て、民主的な方法で管理されています。この場所の自治に積極的に関わる複数の「アクティブメンバー」が、テーマに併せて意思決定グループを形成し、そのグループ同士の話し合いと協議によりさまざまな要件に判断を下す仕組みとなっています。そのため、限られた少数メンバーの独断では、「Bâtiment 7」の運営方針は決定できません。
国政レベルで民主主義と聞くと、どこか難しいイメージがあるかもしれませんが、顔の見える地域レベルで行われるこのような自治組織の形成と運営は、民主主義の格好の練習場と言えるかもしれません。「Bâtiment 7」のアクティブメンバーとして、新しく運営に参加したい場合は、トレーニングシステムも完備されているとのこと。定期的なメンバーミーティングや1人1票の投票制度など、「なんとなく」の運営ではなく、市民自治だからこそ本格的な集団的自治を実践しているようです。
民間会社による一方的な開発に断固として抗議し、最終的に市民の手で国から土地を勝ち取ってしまうという果敢さ。そして、ボランティアベースでコミュニティスペースを自習運営するという、地域への愛。「Bâtiment 7」の事例には、多くのヒントが詰まっています。
(許諾・転載:Traveling Circus of Urbanism / Photo ©︎ MARIKO SUGITA)