INTERVIEW

「ことば」を通じて育む、町田の文化を愛する心

2023.03.20

町田市民文学館 ことばらんど  

作家・遠藤周作氏の資料の寄贈をきっかけに、2006年に開館した施設。町田ゆかりの作家の回顧展から、ことばや物語、表現の楽しさを伝えるテーマ展など、多彩な展覧会を開催。本や雑誌、絵本の貸出や、文学にまつわる活動での会議室の利用、ワークショップや講座の実施など、子どもから大人まで文学と触れ合える場所となっている。

 

東京都の南端にある、人口約43万人の都市「町田」。新宿から小田急線で約30分、横浜と八王子をつなぐJR横浜線も乗り入れ、横浜駅からも約30分と交通利便性は抜群で、1970年頃から団地が開発されるに伴い、人口も増え続けて来ました。

かつては八王子で生産された生糸を横浜港へと運ぶ街道「絹の道」を中心に商業が栄え、やがてJRの駅が小田急線の駅の近くへ移転したのを機に、町田駅前には百貨店や大型商業施設が次々と開業。ピーク時には商圏人口230万人とも言われるほど、「買い物するなら町田へ」と近隣の市町からも多くの人が集まりました。

その町田が今、再び変化の時を迎えています。

日本全体が成熟期を迎える中、次の時代・世代に選ばれるまちにしていくために、町田市でも多くの人々が、積極的にまちのアップデートに取り組んでいます。

今回の特集インタビューでは、町田の中心市街地にて、文学やことばの表現を通じて、まちの文化と人の繋がりを作る「町田市民文学館 ことばらんど」の館長野澤さんと、学芸員の谷口さんにお話を伺いました。まちにおける文学館の役割や、近年の新しい取り組みの背景について語っていただきました。

写真左から、館長の野澤茂樹さん、学芸員の谷口朋子さん

ことばを楽しむ3つの機能 図書や会議室の貸出、そして展覧会

−まちに”文学館”という施設があるのは、一般的には珍しいかと思います。まず、「町田市民文学館 ことばらんど」がどのような場所なのか教えていただけますか?

谷口さん 町田ゆかりの作家・遠藤周作氏の資料の寄贈をきっかけに、2006年に開館しました。元々公民館だった建物をリノベーションしたので、町田に長く住んでいる方はよく「昔、公民館だったところ」とお話してくださいます。文学館としてはもうすぐ20周年を迎えるところです。

文学館の大きく3つの機能として、図書の貸出と閲覧、会議室の貸出、展覧会の実施があります。

出典:町田市民文学館

1階エリアは、図書の貸出と閲覧がメインです。文学サロンと呼ばれる読書スペースや、障がい者雇用の施設でもある「喫茶けやき」さんに入っていただいているカフェスペースがあります。

当館は図書館ではなく文学館なので、図書についても文学にまつわるものをセレクトしています。大人向けから子ども向け、漫画や絵本まで幅広く集めていますが、我々が文学のジャンルに入ると考えるものを紹介している点が特徴になります。

2階は展示室エリアで年4回の企画展を行っており、3階には会議室が並んでいます。もともと公民館だった場所なので、会議室という当時の機能も残っています。町田市に在住・在勤で、広く文学活動に携わる方々にご利用いただいており、語学や俳句を学ぶ会など、多岐にわたる内容で活動いただいております。

−ひと口に文学館といえど、色々な利用の仕方ができそうですね。

谷口さん 最初は少し入りづらい、何をしている場所なのかわかりにくいところもあると思います。ただ、一度中に入ってみると、それぞれが求める機能に応じて、足を運んでくださる方も多いです。

また、文学というと難しい印象を受けやすいと思います。だからこそ、小さな枠に閉じ込めず、他ジャンルを取り込みながら魅力を伝えていけるように試行錯誤しています。

逆境をチャンスと捉えて。文学の枠の中に、新しい世代やジャンルを取り込んでいった展覧会

−ここ数年の展覧会の盛り上がりなど、町田市民文学館ことばらんどは市内外の若者からも注目される存在になっている印象です。何か方向転換のきっかけがあったのでしょうか?

谷口さん きっかけは新型コロナウイルス感染症が大きいです。例に漏れず、初めて緊急事態宣言が出された2020年は、私たちにとっても厳しい年でした。当館の展覧会は全てこの館が企画・運営する自主企画展で、年に4回のペースで行っています。しかし、感染症の影響による休館に伴い、会期の短縮や延期も余儀なくされました。

また、文学館の利用者は60歳以上が半数だったので、外出自粛により全体の来館者数も一気に落ち込んでしまいました。この最悪の状況から這い上がるためにも、2021年から展示企画を中心に、若い世代にも届くような新しい施策を実施していきました。これが文学館として、一つの転換期でもあったと思います。

復活のタイミングで最初に実施したのは、ZARDの坂井泉水さんの展示でした。若い方々にも影響力のあるアーティストの歌詞を改めて読み解くことで、勇気づけられる部分があればと考えて企画しました。

その次に行ったのが、「つながる・つながれ!のりものえほん展」です。毎年夏はお子様向けの企画をしてきましたが、当時の自粛モードの中で開催することに不安もありました。

しかし、実際に開いてみると、安心安全に遊びに行ける場所を求めていた方々が、多く足を運んでくださったんです。子ども達が遊べるレジャーやアクティビティが減っていた分、我々のような公共施設が場を作ることにも意義があったと感じます。会場内の鉄道模型や映像スペース、親子で楽しめるワークショップも、好意的に受け入れていただきました。

−厳しい状況をプラスに捉えるべく、行動されていった姿に逞しさを感じます。特に2022年に行われた「57577展」は、SNS上での盛り上がりも含め、とても印象に残っています。

谷口さん 引き続き外出を控える状況でしたので、お家からも参加できるものとして、オンラインの短歌公募を思いつきました。近年若い世代間でも、熱心に短歌を詠む方が増えているというお話を伺っていたのと、ルールが少なくセンテンスも短い短歌であれば、未経験者でも参加ができると考えたんです。

SNSなどで集まった短歌は、若手歌人の方々に選考していただき、入選作品は会場に展示されるという、オンラインとオフラインをかけ合わせた体験型の企画を行いました。新しい挑戦でしたが、20代の方々に数多くご来場いただいた展覧会となりました。

−2022年度の「竹上妙の絵本と木版画 たけがみZOO展」は、子育て世代でも話題になっていた記憶があります。

谷口さん 「たけがみZOO展」は、町田ゆかりの木版画・絵本作家である、竹上妙(たけがみたえ)さんによる展示でした。この展示は、現代美術でよくあるインスタレーション的な手法を、文学の世界でどう取り上げるかという実験の部分もありました。アーティストの方に既存の作品展示だけでなく、会場に合わせた作品も現場制作していただく初の試みで、ここから現役の作家さんも積極的に扱う方向性が生まれました。

また、おっしゃる通り、子育て世代の力を強く感じた展示でもあります。一度親子でご来館いただいた後も、ママ友同士やご家族全員で来てくださる方々や、お孫さんのために下見で足を運んでくださるご年配の方々も多くいらっしゃいました。

文学館の夏の展示は基本的に入場無料のため、何度でも足を運べますし、実際子どもだけでもお越しいただきやすい場所だと思います。気軽に文化と触れ合える場になっていけますと嬉しいです。

竹上妙さんは町田の和光大学出身なのですが、OBOGの方から附属の幼稚園生まで駆けつけてくださり、町田の方々の地元愛にも触れました。町田市で育った方が活躍されているということ、それが市民の大きな原動力になるのだと、実感できた機会でもありました。

−展覧会の他に行われているワークショップや講座は、どのようなものがありますか?

谷口さん ワークショップの内容もコロナ前後でかなり変わりました。集まれる人数が制限されたので、講演会や座学よりもカリグラフィーという文字を書く講座や、本を装丁するといった体験型のワークショップを意識して増やしていきました。

美術大学の学生さんから、80代のおじいちゃんまで、同じ空間でものづくりをします。そのため、年齢や性別、経験を超えて時間を共有できる点にも楽しさがあるのかなと思っています。3〜4時間ほどの短い時間ですが、人って同じ目的を共有していると、コミュニケーションが取りやすい部分があるんですよね。普段なら集まらないような人たちが居合わせて、交流が生まれるのを見ていると微笑ましい気持ちになります。

自分の住むまちの価値を見直した時に、魅力的な施設でいられるように

−文学と町田の持っているストーリーのかけ算は変わらずに、他ジャンルや新しい世代とも交わってゆく。コロナ禍をきっかけに、文学館としての大きな変化を仕掛けていかれた過程が素晴らしいなと思いました。来館した方々からはどのような反応がありましたか?

谷口さん 個人的にすごく嬉しかったのは、「やっぱり実物を見るのがいいよね」という言葉をいただいた時です。コロナ禍で様々なもののデジタル化が進む中で、全てが仮想空間で済むようになれば、施設が必要とされない時代が来るのではないかと考えたこともあったので。

ただ、結果的には実物を見られること、この場所で過ごせること、友達や家族と一緒に出かけられることなどに価値を感じてくださっていて、リアルの力を痛感した年でした。

自粛期間であまり遠くに行けなくなった時に、「マイクロツーリズム」と言って、自分が住んでいる地域の観光資源、魅力を再発見していく動きがありました。大体の人は仕事から帰ってきたらスーパーに寄るくらいで、あとは寝るだけじゃないですか。だから、身の回りの魅力に気づく時間は、今までなかなか取れなかったと思います。

今回の感染症の流行によって活動区域が限られて、必然的に身近な資源に目を向けるきっかけができたのかなと。そこで文学館を見つけてくださった方も多い気がしています。期待を寄せてくださる方々に対して、確実に応えていけるような努力をこれからも続けていきたいです。

点在する町田の魅力を結んでゆく、中心市街地における役割

−近年、町田駅から芹が谷公園のエリアで様々な社会実験が活発になっており、文学館はその中間地点に位置する施設と言えます。中心市街地に行きたいと思える場所があると、その先の芹が谷公園や商店へ足を運びやすくなるので、キーとなる存在だと感じています。

谷口さん 私たちが点だけで盛り上がるだけではなく、まちの魅力的な場所を線で結んでいけたら嬉しいです。一つ一つの規模は大きくなくとも、その場所の特性が活きていて、楽しめる場所が点在していけば、まち全体の活力を上げられると思っています。

私たちも、昔から文化が育まれてきた町田という場所、その土地の文学館であるならば、メジャーよりもニッチでありたいという気持ちが個人的にはあります。サブカルチャーの発信地である町田ならではの、土着性を感じられる個性的なテーマを探していきたいと思っています。

−町田で暮らす方々にお話を伺っていると、まちの文化のことを気にかけている方も多いです。近年、町田は子育て世代の移住が増えている点を見ても、福祉のまちとして充実してきています。一方で町田に足りないものを尋ねると、文化的なことが話題に上がります。昔と比べると、個人経営のお店やライブハウスなど、土着のカルチャーに出会える場所が減っているのかもしれません。

谷口さん たしかに、開発が進んで便利になる一方で、昔から町田に住んでいる方には、このまちが持っていた魅力的な文化が薄れて見える部分もあるのだと思います。そういった方々の目にも留めていただけるような場作りをしたいですね。かつてあったわけですから、それを現代に合った形で、いかに再生していくのかを意識すべきだと感じます。

あとは、文学館という施設の中だけじゃなく、外での活動も行っていきたいと思っています。内容は普段と同じことだとしても、場所を変えるだけで化学反応が起こることってあるじゃないですか。文学に関するコンテンツは色々持っているので、今後施設の外での活動やコラボレーションもまちの皆さんと考えていけたら嬉しいです。

日常の中にことばと触れ合うきっかけを。ぜひ町田市民文学館に足を運んでみてください

谷口さん 展覧会をぜひ見ていただきたい気持ちもありますし、まずはお買い物や通勤通学のついでにでも本や漫画、絵本に触れる場として使っていただきたいと思っています。入ってみれば、何かしら発見があるような場所であり続けたいです。

野澤さん ”文学館”という名前だけ聞いてしまうと、それだけでハードルが上がってしまう気もしています。”ことばらんど”という柔らかいイメージでとらえてもらって、気軽に遊びに来ていただけると嬉しいです。来年は町田のゆかり作家である遠藤周作さんの100周年でもあるので、原点回帰のような展覧会も楽しんでいただければと思います。

また、昨年から始まった「ショートショートコンクール」も、みなさんと盛り上げていきたいです。町田市在学在住の高校生までであればどなたでも応募できて、ジャンルや内容は自由、文章量も原稿用紙5枚以内と参加しやすい形になっています。入賞すると表彰式と作品の展示が行われて、冊子になったものが町田市内の学校に配布されます。これをきっかけに作家を目指す方がいらっしゃったら嬉しいですね。

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