INTERVIEW

古今東西の版画を伝える、暮らしのそばにある美術館

2024.03.25

町田市立国際版画美術館
緑豊かな芹ヶ谷公園の一角にある、世界でも数少ない版画専門の美術館。1987年の開館以来、国内外のすぐれた版画作品や資料を収集・保存し、その3万点を超える所蔵品で多様な展覧会を行っています。
「見る」「作る」「発表する」という楽しみ方を総合的に提供する、町田市の文化・芸術活動の拠点です。

東京都の南端にある、人口約43万人の都市「町田」。新宿から小田急線で約30分、横浜と八王子をつなぐJR横浜線も乗り入れ、横浜駅からも約30分と交通利便性は抜群で、1970年頃から団地が開発されたことに伴い、人口も増え続けて来ました。

かつては八王子で生産された生糸を横浜港へと運ぶ街道「絹の道」を中心に商業が栄え、やがてJRの駅が小田急線の駅の近くへ移転したのを機に、町田駅前には百貨店や大型商業施設が次々と開業。ピーク時には商圏人口230万人とも言われるほど、「買い物するなら町田へ」と近隣の市町村からも多くの人が集っています。

そういった、商業が盛んなまちとしてのイメージもある町田ですが、まちなかで出会うことができる、アートやカルチャーなどの文化的な活動もまた、まちの魅力の一つです。

今回の特集インタビューでは、版画という美術を通じて、町田から芸術の発展を目指す「町田市立国際版画美術館(以下、国際版画美術館)」の副館長の星野さんと、学芸員の髙野さんにお話を伺いました。

まちにおける国際版画美術館の役割や、今後の展覧会などについてお聞きしていきます。

世界でも数少ない、版画を専門にした美術館

ー国際版画美術館は、世界的にも珍しい「版画専門」の美術館ですよね。どのくらい歴史があるのでしょうか?

髙野さん 開館は1987年で、準備委員会は81年から発足したそうです。当時は地域ゆかりの作家作品を収集方針にする市営美術館が多かったので、版画という表現を選んで差異化を図ったことは先進的だなと思います。

日本の版画は終戦後から活発に作られてきましたが、油彩画などに比べて「一点ものではなく複製できるもの」といった見られ方もありました。

そのため、版画の魅力を伝える美術館の開館に、版画家の方々も喜んでくださり、作品をたくさん寄贈してくださったそうです。その後も寄贈や購入を通して、古今東西のコレクションが豊かになっていきました。

星野さん 国際版画美術館は専門性の高さから全国的に知られており、現在も版画作品であれば当館ということで、寄贈したいとお話をいただくことは多いですね。

「見る・作る・発表する」3つの機能の循環

ー市営の美術館としての機能や設備はどのようなものがありますか?

星野さん 1階は市民の方などが一般利用できる場所になっており、2階にて展示や特集展示を開催しています。

1階のフロアには制作ができる版画工房、作品の発表ができる市民展示室、講演などに使える講堂が備わっています。

鑑賞・制作・発表の場という、3つの機能が一体になっているところは特徴的ですね。

版画工房では、気軽に制作を体験できる一日教室や、本格的な作品作りに取り組む創作講座、制作経験者を対象にした施設の開放を行っています。お子様向けの講座もありますのでぜひご参加いただきたいです。

公園の中にある身近な美術館として、まちの美術普及へ

ー現在(2024年2月に取材)、町田市の小中学校の展示が開催されていますが、市民の方々が美術館に足を運ぶきっかけになりますね。

星野さん 「町田市公立小中学校作品展」は開館した時から開催されていて、今年で37回目になります。町田市立の小学校と中学校全62校に参加していただいています。

版画作品に限らず、絵画図画工作・書写などの作品を展示し、子どもたちの学校を越えた鑑賞や、先生方の研究を深める機会にも繋がればと思っています。

また、版画工房を学校の先生方の研修や、実習場所として使っていただくなど、地域の方々や教育機関との連携を取りながら、美術の普及を目指した活動をしています。

ー公園の中に位置する美術館ならではの特徴や、市民の方との距離はどう感じていますか?

髙野さん 外の公園で遊んでいる子供たちが、何気なく美術館に入って来てくれることはありますね。トイレの利用ついでに、無料の市民展示室も見てくれます。

子どもたちが自然に美術館へ入れる状況は、公園の中にあるからこそ生まれる機会で、市街地のビル中の美術館と比べると圧倒的に多いと思いますね。

企画展によっては、近隣大学の学生とのコラボレーションで演奏会を開いていて、公園を散歩している方々が通りがけに入ってきてくださることもありますね。

版画美術館と前庭を会場にしたお祭り「ゆうゆう版画美術館まつり」も例年多くの方々で賑わい、地域の方に美術館へ来ていただくきっかけとなっています。

ー思い返せば学生の頃に版画を作ったことはありますが、版画をじっくりと鑑賞する機会はあまりなかったと感じます。

髙野さん 学校で版画を習うのは、戦後の版画運動と教育の関わりによるもので、日本独特の文化のようですね。日本の版画は奈良時代まで遡ることができて、長い歴史を持っています。

今も昔も版画をやったことのある人が大多数で、共通の経験として持っているのは面白いですよね。

版画は同じ版で複数の作品をつくることができますが、良い刷り・悪い刷りもでてきます。

本当に多様な技術・技法があって、一つ一つに全く違う質感が出てくるので、知っていくほどに奥の深さを感じます。

合成印刷と違い、プロセスを経たことによって生まれる新しい効果や、偶発性のある魅力は版画ならではだと思います。

そういった細部をなるべく近くで見ていただきたいので、ほとんどの作品は境界線のテープを貼らないように展示しています。

時代を映し出す、古今東西の版画の展覧会

ー年代やジャンルにとらわれず、様々な切り口で展覧会をされていますが、企画ではどのような点を大事にされていますか?

髙野さん 古今東西の版画をバランスよく展示することは、特に心がけています。

そのために、国際版画美術館に所属する学芸員は、専門分野がはっきり分かれている点が特徴で、浮世絵や現代美術など分野ごとに採用を行っています。

偏りがなく、かつ専門性のある展示を実施するための大切な軸ですね。

ー髙野さんがこれまで担当された展覧会の中で、印象に残ってるものについてお聞きしたいです。

「写真と版画」をテーマにした、とてもニッチな展覧会を行いました。

初期の版画はメディアの役割を持って作られていましたが、写真が誕生して量産が始まり、版画は芸術の方向に進んでいくという時代の流れがありました。

写真と版画という2つのメディア、両者の重なりや混ざり合い、各々の発展を追っていきました。

足を運んでくださった方々はすごく熱心に見てくださって、質問も多くいただき嬉しかったです。

マニアックなことを掘り下げてお届けできるのも、版画専門の美術館としての強みであり、見どころだと思います。

ーコロナ禍での運営は難しい部分もあったと思うのですが、印象に残っている展覧会や、工夫されていたことをお聞きしたいです。

髙野さん 東京オリンピックに絡めた内容の「インプリントまちだ展2020 すむひと⇔くるひと ―「アーティスト」がみた町田―」という展覧会は印象深いです。

町田市は南アフリカ・インドネシアのホストタウンだったので、インドネシアの作家の方に滞在制作をしていただく予定でした。ただ、コロナ禍の真っ只中で来日が難しくなり、作品もなんとかお借りできたかたちです。

振り返るとほろ苦い思い出もありますが、この頃からオンラインイベントを一生懸命やるようになりました。SNS上の企画では、家で楽しめる塗り絵や、収蔵品解説の投稿など、手探りで新しいことに挑戦していきましたね。

オンラインであれば東京都以外の方や、海外の方にも届けられるので、引き続き実施しています。美術館に足を運びづらい方々にも、もっと魅力をお伝えしていきたいです。

ー今年はどのような展覧会を予定していますか?

髙野さん 私の担当の時期には、「戦間期」と呼ばれる、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時期をテーマにした展覧会を企画しています。

この時期は文学・芸術運動のシュルレアリスム、芸術を破壊する運動のダダイズム、「エコール・ド・パリ」と呼ばれる様々な国や地域からパリに集まったアーティストが活躍するなど、かなり混沌とした時代でした。

そのような激動の中で、版画に取り組んでいた作家たちに焦点を当てる内容です。

昨今も「新しい戦前」と言われることがあります。100年前の戦前の、華やかさもありつつ、第二次世界大戦に近づいていく雰囲気や、時代背景を感じ取っていただくことも、意味があることなのかなと思って企画しています。

3月から始まる展覧会「版画の青春 小野忠重と版画運動―激動の1930 ― 40年代を版画に刻んだ若者たち―」も、日本の戦前に関する内容です。

今の人たちがどのようなことを考えているのか、社会の動きに対する視点を併せて、今年も展覧会を行っていきたいです。

暮らしの中に美術を感じる、もっと身近な存在に

ー最後に、今後の国際版画美術館についてお聞かせください

星野さん 鑑賞と創作、そして発表という国際版画美術館の特徴を、今後も発展させていきたいです。また、近い将来には工芸美術館(仮称)が近くに建設され、芹ヶ谷公園の中の美術エリアが広がっていく予定です。

公園に遊びに来た方が、自然と美術に触れ合える場所ですので、これからも多くの人に来館いただけると嬉しいです。

美術は生活や心に安らぎをもたらすもの、ぜひ実感しに来てください。

髙野さん 地域の方々のそばにある美術館として、もっと身近に美術を体験できる場にしていきたいです。

貴重な作品を扱っていますが、市民の方々の財産でもあるので、気軽に楽しんでいただきたいと思っています。図書館のようにふらりと入れる、暮らしの中にある美術館でありたいですね。

美術館には色々な役割がありますが、第一に教育施設であるということが世界的にも大切にされています。国際版画美術館の個性も活かしつつ、美術館教育に力を入れることで、町田の美術、文化発展へ繋げていきたいです。

 

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