PEOPLE

町田からカルチャーを興す、ボーダレスな古物百貨店 All Tomorrow’s Parties 富岡栄二さん

2024.02.16

【店名】All Tomorrow’s Parties

【ジャンル】古物百貨店

【ご担当者】富岡栄二さん

【所在地】金森東1丁目

駅前にはショッピングビルが多数並び、街中でも買い物や食事を楽しめる。町田といえば、生活用品から洋服雑貨、趣味の道具まで、お買い物に足を運ばれる方も多いのではないでしょうか。

そして、その魅力を語る上で忘れてはならないのは、未来町田会議でもお話を伺ってきた、それぞれの個性や歴史を持った個人経営店の存在です。

今回お話を伺うのは、町田駅から徒歩15分ほどの場所にある、All Tomorrow’s Parties(以下ATP)という古道具のお店。

店内に入ると様々な素材、形、年代のモノが所狭しと並んでいて、まるで小宇宙。一見するだけでも好奇心が刺激されるこの場所には、カルチャーシーンの最前線で活躍するクリエイターや表現者たちも足を運びます。

実はここ数年で町田市内にオープンしたお店の中には、ATPがインテリアや内装を手がけた場所も多数。店主の富岡栄二さんは自店舗の運営以外に、町田市内をはじめとした美容室やカフェなど、内装プロデュースの活動もされています。

実際に店舗に訪れ、その魅力に触れた人たちが、自分のお店でも素敵な世界観を表現したいと感じ、ATPと共に新たな場所を作っていく。ATPはそういった循環を通じて、中心市街地にユニークなお店を増やすことにも一役かっている場所です。

古物との出会いからATPというお店の歴史、個人経営店から見るこれからの町田について、冨岡さんにお話を伺いました。

 

万物を知るために、足を踏み入れた古物業界

相模大野で生まれ育った冨岡さん、現在も愛してやまない映画や音楽を始め、様々なアートの世界の探求は学生の頃から始まっています。

高校2年生の時に留学したアメリカの学校では、ほとんどアートの授業を選択するほど。

「留学中、必修科目以外はコマーシャルアート(商業芸術)からファインアート(純粋芸術)などアートの基礎を学びつつ、陶芸や絵画など様々な制作もしました。

日本に帰ってきて音楽活動や映像制作を始めたのですが、最終的にやりたいと思ったのが映画制作でした。専門学校に行ってみた時期もありましたが、実家を飛び出して自分の生き方を模索していきました。」

色々な場所で働きながら、音楽制作などのクリエイター活動をしていた冨岡さん。この頃に今のATPの原点にもなる出会いがありました。

「一番の目標としては、物書きになりたかったんです。映画を作るにも脚本が書けないといけないし、音楽活動にしても歌詞を書けるようになりたかった。元々文学も大好きで、とにかく書かないことには始まらないと思っていました。

ただ、物書きになるには、自分は全然”モノ”を知らないなと思ったんです。もっとあらゆる物について知りたいと思ったとき、千差万別に物を取り扱っている場所といえばリサイクルショップだということで、アルバイトを始めました。そこで僕のお師匠さんに当たる方に出会ったんです。」

当時21歳の冨岡さんは古物業界の大先輩の元で、色々な古物市場を回りながら修行を重ねていきました。

「お師匠さんに初めて古物市場に連れていってもらった時の体験が、かなりショッキングでした。この現場自体がカウンターカルチャーそのものだと感じたんですよね。

元々50〜60年代の映画や音楽にあるカウンターカルチャーが好きで、アナーキーなものやサイケデリックなもの、文学やファッションなどに触れて勉強をしていました。ただ、市場で感じたリアリスティックな状況は衝撃的でした。

工場跡地に全国から買い手や売り手業者が集まり、そこに競り人がいて、1日かけて競りをするんです。目の前で駆け引きが繰り広げられる様子は寸劇を見ているようで、痛快でした。」

当時のリサイクル市場は小さく、プレイヤーもアウトサイダーな背景を感じる人が多かったそう。古物に限らず、そこに関わる人々への興味も高まっていきました。

「古物業界にいる人たちの生き様を、文章に残したいと思いました。当初は作品づくりへ繋がるモチベーションとして、この世界に食らいついていましたね。」

 

作品をつくるように生まれた自分のお店

冨岡さんが独立をしたのが25歳の時。トラックと携帯を手に、自分でリサイクルの仕事をスタートさせました。

「始めた当初は参入者も少なく、自分のやり方次第で可能性が広がり、商売という観点でも刺激的な時期でした。その後、自分のお店を持つことに切り替えたのが2002年のこと。

個人だからできるコアなセンスを生かした品選びで、お客さんに納得してもらえる販売をしたいと思いました。」

自分のお店を始めることで、現在に繋がるアートディレクションに関する仕事や、自身の作品制作の時間も増えていきました。

「自分の育った地域にお店を開いたので、相模原や町田付近のミュージシャンやアーティストも、面白がってお店に来てくれましたね。

デザイナーやスタイリストの方と一緒に流行を仕掛けることもあり、店舗の運営に限らず、クリエイティブな仕事ができる点も面白いですね。」

“All Tomorrow’s Parties”という店名は、アメリカの伝説的なロックバンドThe Velvet Undergroundの曲名からの引用。

様々なカルチャーに影響を与えた彼らの音楽のように、ATPでは国や年代など様々な垣根を越え、普遍的な魅力を放つ商品がボーダレスに並びます。

「開店前の倉庫でたくさんの物がひしめき合う中で、All Tomorrow’s Partiesという曲をかけた瞬間に、物たちが震えて何かを放ち始めた感じがしました。

歌の中では、貧しい女の子が土曜日のパーティーに行くために、お下がりのドレスなどをかき集めて精一杯のお洒落をします。貧しい中でも着飾ってパーティーに行くけど、いつも日曜日の夜には悲しい気持ちになってしまうというお話です。

面白いなと思いながら、そういう子たちに来てほしいと思ったんです。

あと、All Tomorrow’s Partiesは直訳すると、色々な人の未来が集まっている場所なのに、過去のもの(古物)で構成されているという逆説もいいなと思って名前をつけました。お店は作品だと思って作っています。」

冨岡さんが始めたAll Tomorrow’s Partiesという古物百貨店、そのお話は現在も執筆中です。

 

その人の愛するものごとから、お店の佇まいを考える

ATPには一般のお客様に限らず、飲食店や美容室など個人事業者の方が、インテリアや内装の相談に来ることも多いそう。

その人がどんな音楽を聴いて、どんな映画を観て、何に心が動くのかを話しながら、空間を作っていくのが冨岡さんのスタイルです。

相模原を始め、美容室ICO.、CHERUBIM CAFE (ケルビム カフェ)、焼き鳥ブルースなど町田のお店の内装も多く手がけてきました。

以前、未来町田会議でもお話を伺った、嘉代征訓さんの運営するCAFÉ GILLESPIEもその中の一店舗です。

「嘉代くんが独立してお店を構える時に、元々繋がりのあった僕に声をかけてくれました。彼の好きな音楽やファッションも知っていたので、二人で一緒に作っていくことに。

よく内装の相談で課題となるのが予算。最初は色々な構想を膨らませていたのに、リフォーム代などで費用がかさんで、インテリアにかけるお金が少なくなってしまうことはよくありました。

そのため、普段からリフォームの部分も話を聞くようにして、できる部分はお手伝いさせていただいています。

CAFÉ GILLESPIEについては物件の内見から入らせてもらいました。お互いに好きな家具や装飾を入れて、共通の知り合いの展示の企画をしたり、DJイベントをやらせてもらったり、交流が続いています。

 

独自のセンスを活かした個人事業者も生き残れる町に

都心のカルチャーシーンにも身を置きながら、町田という場所でお店を続ける冨岡さんに、これからの町田についてお聞きしました。

「都心には全国から人やカルチャー、あらゆるテクノロジーも集まって、ものすごいエネルギーが渦巻いています。ただ、自分がそこで生きたいとは思わないんです。

文化人類学的に”国道16号線カルチャー”というものが語られることがありますが、町田にしても相模原にしても、都心から離れていることで世の中を俯瞰して見れるし、何か起こせそうなことがあれば仕掛けていける距離感だと思います。

都心にいると流されちゃうので、自分を見失わないポジションでもあるかな。時代に淘汰されないような、本当にいいと思うものを極めれば、どこからでも足を運んでもらえるしね。

昔の町田は治安こそ悪かったけど、本当にユニークな人だらけでした。これからの町田も、もっと個人事業者が才能やセンスを活かしたお店を作って、面白い場所がどんどん増えたらいいなと思います。

この町でやりたいって思えるかっこいい町になって欲しいし、それを続けられる土壌が育つといいですよね。」

自分の興味を突き詰めていけば、どんな場所にいても同じ志の人と繋がっていける。個人事業者も元気に輝ける町が、カルチャーの震源地になっていくのかもしれません。

COLLABORATION PARTNER