INTERVIEW

町田は暮らしの舞台。日常がいいまちを目指して

2021.03.25

工学博士、建築家、マーケット専門家 鈴木美央(すずきみお)さん
O+Architecture(オープラスアーキテクチャー合同会社)代表社員。早稲田大学理工学部建築学科卒業。卒業後渡英、Foreign Office Architects ltdにてコンセプトステージから竣工まで世界各国で大規模プロジェクトを担当。帰国後、慶應義塾大学理工学研究科勤務を経て、同大学博士後期課程、博士(工学)取得。現在は建築意匠設計から行政・企業のコンサルティング、公共空間の利活用まで、建築や都市の在り方に関わる業務を多岐に行う。二児の母でもあり親子の居場所としてのまちの在り方も専門とする。著書「マーケットでまちを変える~人が集まる公共空間のつくり方~」(学芸出版社)、第九回不動産協会賞受賞。
 
東京都の南端にある、人口約43万人の都市「町田」。新宿から小田急線で約30分、横浜と八王子をつなぐJR横浜線も乗り入れ、横浜駅からも約30分と交通利便性は抜群で、1970年頃から団地が開発されるに伴い、人口も増え続けて来ました。

かつては八王子で生産された生糸を横浜港へと運ぶ街道「絹の道」を中心に商業が栄え、やがてJRの駅が小田急線の駅の近くへ移転したのを機に、町田駅前には百貨店や大型商業施設が次々と開業。ピーク時には商圏人口230万人とも言われるほど、「買い物するなら町田へ」と近隣の市町からも多くの人が集まりました。

その町田が今、再び変化の時を迎えています。

日本全体が成熟期を迎える中、次の時代・世代に選ばれるまちにしていくために、町田市でも多くの人々が、積極的にまちのアップデートに取り組んでいます。

今回の特集インタビューでは、公共空間活用の専門家であり、居住地である埼玉県志木市の団地で自らもマーケットを起点にしたコミュニティづくりに取り組む鈴木美央さんにお話を伺いました。鈴木さんは、町田でのイベント登壇や町田市長との対談も行ったことがあり、このまちにゆかりのあるまちづくりの専門家です。そんな鈴木さんに、町田が今後さらに魅力的なまちになるための視点やヒントを教えていただきました。

(Via:https://www.facebook.com/yanasegawaink/)

マーケットをまちづくりに活かす

―鈴木さんは東京やロンドンなどのマーケットを100例以上研究されて、マーケットの手法を活かした公共空間の活用やまちづくりについての著書も出版されていますが、建築家である鈴木さんが、なぜマーケットの研究をすることになったのか、初めに教えていただけますか?

鈴木さん大学で建築を学んだ後、横浜の大桟橋の設計で知られるロンドンの建築設計事務所 Foreign Office Architects ltdで、世界各国の大規模な公共空間等のプロジェクトに携わってきました。この事務所を選んだ理由は、大桟橋で思い思いに寛ぐ幸せそうな人々を見て、「都市はこんなふうに、もっと人が使いこなして良いはずだ。建築は人を幸せにする力がある」と胸を打たれたからです。ところが渡英中に経済危機が起こり、設計プロジェクトが次々と頓挫して、まちの幸福に対して建築だけでアプローチすることの難しさを感じ始めました。

そんな時、当時住んでいたロンドンでマーケットの文化に触れたんです。ふだんは何の変哲もない住宅街の通りが、マーケットの日には魔法がかかったように賑わいます。大きな建築物にも負けないほど、まちの活気や幸福感を変えてしまうマーケットに、建築家として嫉妬を覚えました(笑)。「個の集合からまちが変わっていく」ことに興味が湧いたんです。

―鈴木さんがお住まいの志木市の団地内にある公園で開催している「Yanasegawa Market」は、団地にお住まいの方だけでなく、最近は遠くからもわざわざ人が来るほど人気だそうですが、その理由は何だと思われますか?

鈴木さん「Yanasegawa Market」は2016 年に、私とママ友達のたった2人でDIYで始めました。いろいろなマーケットを研究していく中で、自分も実践してみようと思ったからです。最初はもちろんそんなに多くの集客はありませんでしたが、1年に2回、毎年やり続けることによって次第にまちに浸透して日常化し、リピートしてくださる方も増え、2019年に開催した10回目には1700人を超える人が訪れてくれるようになりました。

私がこのマーケットの中心に据えているコンセプトは「このまちにくらすよろこびをつくる」というものです。与えられたものを受動的に受け取るだけではなく、自ら暮らしの中に楽しさや喜びをつくり出していく人がまちに増えたらいいなと思っています。そのために、主催側が何でもかんでもプロっぽく用意するのではなく、出店者やお客さん自らが能動的にアクションできる余地・余白を残した運営を心がけています。例えば座る椅子は自分で持ってくるとか、商品をディスプレイする什器などもお店の工夫に任せるとか。

一方で、会場となる公園の良さを最大限に生かしながら、そこにいる人々が心地よく過ごせる導線や環境はさりげなくデザインしています。

こうしたマーケットによるコミュニティの活性化や公共空間の賑わいづくりの手法やエッセンスは、まちづくりにおいても使えるものではないかと思います。

▼鈴木美央さんが主催する「Yanasegawa Matket」の詳細はこちらの記事でお読みいただけます。
https://machida.life/report/1848/

面白いまちにするには「関わりしろ」を増やす

―町田は昔から「商業のまち」で、特に中心市街地には商いに携わる人が今でも多く、開業率は全国平均と比較しても高いんですよ。一方で子どもや保育に関わる方も多い印象で、子どもの転入数は全国3位。都市でありながら緑や自然も多いまちです。こうした町田の特徴や、そこから見出せるポテンシャルについて、鈴木さんはどのように思われますか?

鈴木さん「子ども」と「緑」は郊外のまちの特権ですが、そこに「商い」が同居しているのは最強ですね。大型のターミナル駅でありながら、駅前から少しずれた位置に昔からの商店街があり、その先には人がたくさん住む住宅街が続いているというまちの構造が特徴的です。ターミナル駅の駅前はどうしても家賃が高くなりがちですが、そこから少し離れた場所では、若い人や初めての人でも商売を始めやすい。面白いまちというのは、こうした小さなプレイヤーたちのトライから始まります。まちが面白くなると、さらに転入者も増える。町田には都心部のターミナル駅にはない余白があり、面白いまちとしてのポテンシャルが非常に高いと思います。

―一方で、中心市街地の商店街の高齢化や後継者不在の問題もあります。地価や家賃の影響もありますが、商店街を盛り上げるための商店会に新しい人や若い人が入って来にくく、大型チェーン店も増え、いわゆるコマーシャル的なコミュニケーションはあっても、商店街と生活者、あるいは生活者同士のコミュニケーションが減ってきている感じがあります。

鈴木さんいかにもプロのコマーシャル的なコミュニケーションの場合、生活者は「あなたはお客さん」と言われているような気持ちになるんですよね。でも、地域の活性化において行いたいのは、お客さんだけでなく「自発的に関わってくれる人」を増やすことだと思うんです。「一緒にやること」が目的で、その「関わりしろ」をどのようにつくるのかが重要です。私も自分が関わる地域のイベントで気をつけているのは、例えばチラシなどもあえてプロっぽくしないで、おしゃれな素人がつくったみたいな雰囲気にして隙をつくること。そんな小さなことの積み重ねが、コマーシャルではない魅力や「関わりしろ」を見せてくれます。居心地の良い空間をデザインしつつ、排他的にならないことに気を配ります。

歩く人が「愛おしい」と思えるストリートづくり

―町田では「歩いて楽しいまち」、「歩きやすいまち」をテーマにした取り組みがいくつかあるのですが、鈴木さんは歩きやすいまちについてどのように考えますか?

鈴木さん町田の大通りを初めて見たとき、やはり大きすぎるという印象で、自分が関わる余地が見えにくい感じがありました。「愛おしい」というような、愛着を呼び起こす感覚とは違っていた。でも「通り・ストリート」には「公園」とは異なる特有の場の力があるので、それをうまく引き出せれば、大通りの虚しさから脱却できます。例えば車線の一部を閉鎖し、物を置いたり歩行者天国にしたりして、広場のような空間に転換してみるとか。

ストリートは人が歩く導線と場が一体になった空間で、例えばそういう場所でマーケットを開催すると、出店で買ったおいしそうな料理を食べている人に、知らない人が『それ、どこで買ったんですか?』などと尋ねるようなコミュニケーションが発生しやすい。公園だと面が広いので、こういう会話は生まれにくいんです。「商店街」はもともと、歩く導線と商いやコミュニケーションの場が一つになった場所ですよね。

―商店街での会話って、この人の名前も、何をやっている人なのかも、いわゆる名刺に書かれているようなことは知らないけれど、顔は知っていて話せる雰囲気がありますよね。

鈴木さんそういう匿名性を許容するコミュニケーションがまちにあることは、強力なセーフティーネットになります。商店街の行きつけのお店で、私の名前も住所も知らないのに「疲れてるね、大丈夫?」って声をかけてくれる。その日の私の調子が良さそうかどうかは分かってくれるわけです。これを体験したときに、私は商いが生み出す関係性って偉大だなと実感しました。だから私は自分の子どもには、まちで迷子になったらとりあえず商店街へ行きなさいと言ってあります。そこに行けば、誰かがなんとかしてくれるだろうって。それは大きな安心感ですよね。チェーン店だとそこまでのコミュニケーションは起こりにくいので、やはりまちに個人経営のお店があることは重要だと思います。

―町田はまさにそういう商いのコミュニケーションがあったまちですが、今は薄くなってきている感じがします。商店街のある地域でこれからソフト的にそういうことを起こしたり、空気をつくっていくには、どうしたらいいでしょう?

鈴木さんいきなり大通りで大々的なイベントを仕掛けるというよりも、商店街の細い路地や端の方で小さく開催するのが良いのではないかと思います。例えば路地に机や椅子を出してビアガーデンをするとか。そこでみんなで心地良いヒューマンスケールを体感して学んだら、そこから大通りへ展開していくという手法が良いのではないでしょうか。

シバヒロの使いこなし

―町田駅から歩いて7分ほどのところに、5700㎡の広大な芝生広場「シバヒロ」という場所があります。今までは外部業者による大きなイベントを開催してきましたが、ここを市民がもっと日常的に使える場所にしていきたいという取り組みがあり、仕掛けの一つとしてピクニック愛好家を育てていくようなアイデアがあるのですが、鈴木さんから見ていかがですか?

鈴木さん私が志木市で開催している「Yanasegawa Market」の会場である公園にも芝生広場があって、私は昔、イギリスに住んでいた経験から、そこでみんなにピクニックをしてほしいと思っていたんです。だからと言ってレジャーシートを販売したり、貸し出したりということはしなかった。それをすると、結局私たちが用意したものに受動的に乗っかってくる人になってしまって、その広場を使いこなす人にはならないので、ずっとレジャーシートを貸し出さないで待っていました。すると何回目かのマーケット開催のときに、芝生の片隅に滞在して飲食する人が現れた。それからそういう人たちがグングン増えていき、やがてマーケットがない日でもピクニックする人が増えてきたんです。このようなピクニックを、例えば代々木公園に出かけてすることもできますが、彼らは志木市のその公園やまちが好きで愛着があるから、そこでやっているんだと思うんです。開催側の「やってほしい」という希望や見たい風景だけから考えずに、「芝生を使いこなせる生活は豊かだ」ということを浸透させていくことで、自発的に使いこなせる人が増えてくるのではないでしょうか。


(Via:https://www.facebook.com/yanasegawaink/)

自分の暮らしを能動的につくることで楽しさや居場所ができる

―未来の人口減少を見据え、町田には「夢かなうまちへ 」という中心市街地のまちづくり計画があります。また、「町田はやりたいことができるまち」という合言葉のもとに『まちだ○ごと大作戦18-20  』(※新型コロナウィルスの影響を考慮してプロジェクト期間が2021年末まで延長)などの支援の仕組みもあり、一歩を踏み出しやすいまちではないかと思います。未来に向けて、町田がもっと魅力的なまちになっていくために大切なことは何だと思われますか?

鈴木さんまちを楽しむためには能動的になる必要がありますよね。そうでなくても生きていけるけど、能動的に生きていこうとする中で楽しみや居場所ができていく。想像しているだけでは大したことなくて、人間は自分がやってみることで何が楽しいかを理解できます。

町田は市長や行政の方も熱意がありますよね。以前、私が「子どもと公園の話ができるイベントがやりたい」と言ったら、町田の芹ヶ谷公園にまつわるイベントでそれが実現 https://machida.life/report/1848/ しました。そのときから私にとって町田は、本当に「やりたいことができるまち」になったんです。小さなことかもしれませんが、実現したというのはすごいこと。

私が郊外のまちを好きな理由は「暮らしの舞台」であるというところです。郊外を魅力的にすれば、大勢の人の毎日を魅力的にできるし、その仕掛けはたくさんあるはずです。例えば「商いがつくる関係性」を町田で深めていこうということもできるかもしれない。

町田に住む人々が、自分の暮らしをどうつくっていくかが大切ではないでしょうか。能動的な暮らしの創造が多様なセクターや人々の間で起こっていくことで、まちはより魅力的になるのではないかと思います。

公共空間活用の専門家であり、自らもマーケットを軸としたコミュニティづくりのプレイヤーである鈴木さんに、客観的な目で見て教えていただいた町田の魅力とポテンシャル。改めてこのまちへの愛情が湧いてきた方もいらっしゃるのではないでしょうか。自分の暮らしを能動的につくることで楽しさや居場所ができていくという言葉にもハッとさせられます。まちづくりは一人ひとりの日々の暮らしの充実と、例えばお店の人と会話するなどの、まちへの小さな関わりから始まっていくのかもしれませんね。

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